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自閉症児・知的障害児の育て方「子どものためか自己満足か」を東野圭吾さんの「人魚の眠る家」から考える

自閉症児・知的障害児の育て方「子どものためか自己満足か」を東野圭吾さんの「人魚の眠る家」から考える

 

先日、テレビを付けていたときのこと、
東野圭吾さんの「人魚の眠る家」が映画化されるという
話題が出ていました。

 

「娘を殺したのは私でしょうか。」
「狂ってでも、守りたいものがある。」
人魚の眠る家のあらすじも紹介されました。

 

この紹介を見て、
さっそく、私も、本を購入して読んでみました。

 

というのは、他人ごとではないからです。
他人事じゃないというのは、「脳死」の話じゃなくて、
「子育て」「障害者の介護」のことです。

 

2人の子どもを育てる親として、自分の子育ては正しいのか?
自閉症スペクトラム知的障害のある息子をもつ親として、
息子の将来を、どう作っていってあげるべきなのか、
自分の想いが正しいのか確認したくて、
この本を読みました。

 

自閉症児・知的障害児の子育てを「東野圭吾さん 人魚の眠る家」から考える
 

人魚の眠る家のあらすじは、こんな風です。

 

プールで溺れて意識不明の子ども。
脳波の波形は無く、脳死している可能性が高いとのこと。
回復は見込めず、
心停止をするまでの延命措置をするか・・・
脳死判定を受けて死を迎えて臓器提供をするか・・・

 

主人公の薫子は、
再び娘が目を覚ます希望を捨てきれず、
延命措置をして、介護することにします。

 

夫が、脳と機械信号をつなぐBMIという
最新技術を研究する会社の社長であったため、
そのBMI技術を娘に使って、
娘の脳から出ている信号で身体を動かそう、などの試みが始まります。

 

BMI技術の駆使、という、前例のないことをする親の孤独。
脳死の可能性が高い子どもを電気信号で動かす、ということについて、
子どもをおもちゃや見せ物にするような感覚でとらえられる人が出てきて、
批判されることとなります。

 

「世間の人は、
自分を狂った人間と見ているのではないか」と、
主人公の薫子は悩みます。

 

世間に対して疑心暗鬼になっていくことで、
トラブルを巻き起こしていきます。

 

子どものために自分に何が出来るのか、
これは本当に子どものためなのか、自己満足なのか・・・

 

脳死をテーマに、
この「子どものためか、自己満足か」が、
大きな問いになっていると思います。

 

この問いは、自閉症の子の子育てでも、よく出てきます。
普段の担任の先生とのやりとりの中でも、
毎日のように教育方針などで悩むことになりますが、特に、悩むのが人生の節目です。

幼稚園選び
近くの幼稚園にするか・加配がつく幼稚園にするか、

保育園にするか、療育園にするか
就学をどうするか
地元の小学校の普通級か、通級を利用するか、
地元の小学校の支援学級に行くか、
特別支援学校を選ぶか、

 

・高校や大学の進学時期
高等特別支援学校を選ぶか
特別支援学校高等部を選ぶか
高等学校を選ぶか

 

・就職
一般就労にするか、A型にするかB型にするか

 

たとえば、
地元の幼稚園や小学校に入れてあげたい。
でも、市の相談では、療育園や特別支援学校を進められた、

なんてこともよくあります。

 

自閉症児・知的障害児の育て方「子どものためか自己満足か」を東野圭吾さんの「人魚の眠る家」から考える

特に、就学先を考えるとき、よく問題になります。
親として、してあげたいことが、
子どもの意思や子どもの状態に反することがある。

 

無理して普通学級に入れてしまったり・・・

 

それで子どもが不適応を起こして
教室に入れなくて、毎日一人で保健室に居る、となると、
ただの親の自己満足になってしまいます。
この場合は、明らかに、変えてあげるべきなのは、
誰の目から見ても明らかかもしれません。

 

一方で、難しいのが、
ちょっと無理して、普通学級に入れた。

大丈夫だろうと、楽観的に考えてしまった。

子どもは悩んでいるようだけど、見ないふりをしてしまった。
自閉症児・知的障害児の育て方「子どものためか自己満足か」を東野圭吾さんの「人魚の眠る家」から考える

これは、本当に、これでいいんだろうか、
こういう、どちらでもいける、と言う時ほど、
親は悩んでしまうんだろうと思います。

 

 

そして、それが不登校という結果につながってしまったり、
精神障害の二次障がいになってしまったときに、
親は苦しみ、後悔することになります。

 

自閉症児・知的障害児の育て方「子どものためか自己満足か」を東野圭吾さんの「人魚の眠る家」から考える

 

こんな風に、どちらも選べる時、どちらを選ぶのが良いのでしょうか。
この「人魚が眠る家」の中で、1つの考え方が出てきます。

 

何をしてあげるべきかは
「してあげたいことをすればいい」という1つの考え方。
「論理的に正しい行為」を人は選べないこともある。
人間は「論理だけでは生きていけない」動物だと。

 

そして、悩んで、調べて、考えて、相談して、
真摯に子どものことを考え続けたからこそ、
納得できる答えが見つかるのです。

 

自閉症児の人生の節目での選択:就学・就職なども同じです。

 

自閉症児・知的障害児の育て方「子どものためか自己満足か」を東野圭吾さんの「人魚の眠る家」から考える

 

本人の状態を確認しながら、
人の意見も耳に入れて、よく考えた末に
親として、これを選んであげたい、と選んだ選択なら、
たとえうまくいかなくても、
それは、もう仕方のないことなのです。

 

もし違う選択肢を選んでいたとしても、
うまくいっていたとは限らない。
そうやって、最後は納得することもできます。
だからこそ、安易に選ばず、よく考えて選んでほしいのです。

 

そして、選んだ後も、
子どもの状況は、日々刻々と変わっていくので、
子どもから目をそらさず、
その時その時の最善の方法を選んでいくことが大切だと思います。

 

今は、一度、就学先を決めても、
何度でも見直しの機会はあります。

 

就職だって、もう、終身雇用の時代ではないのです。

 

自閉症児・知的障害児の育て方「子どものためか自己満足か」を東野圭吾さんの「人魚の眠る家」から考える

そして、万が一、不登校や精神障害になったとしても、それは終わりではなく

新たな始まりなのです。子どもの人生はまだそこから続きます。

目を背けることなく、つねに子どもの味方であり続け、

世間体ではなく、自己満足でもなく、本当に子どものためになる事は何かを

考え続けてあげることが大切だと思います。

 

 

「自己満足」ではなく、
「子どものため」の選択をするためには、

親が、常に、情報を入手して、周りの人の意見によく耳を傾けながら、

子どものために、一緒に考えてあげること。

そして、子どもの幸せを考えた自分の信念を大切にすること。

どんなときにも、それが大切だということをあらためて思いました。

 

 

ご自身の子育てを振り返り、これからの子どもとのよりよい人生を築いていくために、
この本を読んでみてはいかがでしょうか。